第11回 「ビジネスモデル特許と審査官」

query_builder 2024/06/05

コラム 

~元特許審査官のつぶやき~

 

エピファニー特許事務所様への寄稿




第11回「ビジネスモデル特許と審査官」

 

 第10回からの続きです。

「いきなりステーキ」の出願は、特許査定となった後、業界関係者から特許庁に対し「異議申し立て」がなされることになりました。

「異議申し立て」への対応として、出願人は請求項1をさらに下記のように訂正しました。

 なので、この時点で、当初の担当審査官の判断は訂正後の請求項に及ばないこととなりました。一安心です。


【請求項1】下線部を訂正

お客様を立食形式のテーブルに案内するステップと,お客様からステーキの量を伺うステップと,伺ったステーキの量を肉のブロックからカットするステップと,カットした肉を焼くステップと,焼いた肉をお客様のテーブルまで運ぶステップとを含むステーキの提供方法を実施するステーキの提供システムであって,

上記お客様を案内したテーブル番号が記載された札と,

上記お客様の要望に応じてカットした肉を計量する計量機と,

上記お客様の要望に応じてカットした肉を他のお客様のものと区別する印しとを備え

上記計量機が計量した肉の量と上記札に記載されたテーブル番号を記載したシールを出力することと、上記印しが上記計量機が出力した肉の量とテーブル番号が記載されたシールであることを特徴とする,ステーキの提供システム。


 この訂正された請求項に対し、特許庁の審判官合議体は、「発明ではない!」と結論づけました。

 理由は、「明細書には、「札」、「計量器」、及び「印し」という物が示されているが、これらの物に、技術的特徴はなく、単に道具として使用して、各ステップを行うに過ぎないから、請求項1に記載された「ステーキの提供システム」は、人的な取決めである店舗運営、すなわち社会的な「仕組み」(社会システム)に過ぎず、全体として「自然法則を利用した技術的思想の創作」ではない」というものです。


 なるほど、この審決では、「札」、「計量器」、及び「印し」を単なる道具と認定し、本特許は技術的意義がないが故に単なる社会システムに過ぎず、「自然法則を利用した技術的思想の創作」とは認識されないと判断したようです。

 

 しかし、出願人はこれを不服としてさらに知財高裁に出訴しています。

 そして、知財高裁の判断はずばり「発明に該当する!」という、特許庁の判断を覆すものでした。

 理由は、「本件特許発明1の技術的課題,その課題を解決するための技術的手段の構成及びその構成から導かれる効果等の技術的意義に照らすと,本件特許発明1は,札,計量機及びシール(印し)という特定の物品又は機器(本件計量機等)を,他のお客様の肉との混同を防止して本件特許発明1の課題を解決するための技術的手段とするものであり,全体として「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当するということができる」から、とのこと。

 

 特許庁が「札」、「計量器」、及び「印し」を単なる道具と認定したのに対し、知財高裁は、本願の技術的課題や効果を参酌して、これら3つの要素に技術的意味を見出し、発明と認定しています。


 知財高裁の判決によりようやく決着に到ったものの、審査官の立場からすると、いくつかの点で違和感が拭えません。その一つが本願は本当に「システム」だと言えるのか?ということ。

 明細書を読むと、店員がこのシステムを実行しているのは明らかです。それにシステムという以上は何らかのハードウェアやソフトウェアが存在する、というのが審査官の一般的な感覚だと思います。

 なので、「異議申し立て」の際に、特許庁の審判官合議体が「発明ではない」と判断したのも、「システム」と言ってはいるが、実際のところ、これは「仕組み」(社会システム)に過ぎず、人為的取り決めの枠を出るものではないという認識があったからではないでしょうか。


 これに対し知財高裁の判決では、このあたりには触れず、課題に対し「札」、「計量器」、及び「印し」のそれぞれに技術的意味があるのだから発明である!としているように見えます。

 

 この論点について当時の審査官たちの見解も割れていましたが、発明に該当していないのではないか・・という意見の方が多かったように記憶しています。

 

 とはいえ、知財高裁によって一つの判断が世の中に示されたことで、ビジネスモデル特許がより広範に認められる可能性が生まれました。

 ビジネスモデル特許はIT関連発明との相性が良いので、ソフトウェアやAI関連発明として明細書を作成することで、「いきなりステーキ」事件のような発明該当性の問題をクリアし、強い権利を取ることができると思います。

 

上記のような発明該当性の認定を含め、特許をはじめとする知的財産の判断基準は非常に流動的です。

最新の判断基準を追跡することが、権利化の可能性を高めることにもつながり、一方で、狭めてしまうケースもあるように思います。 

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