第10回 「ビジネスモデル特許と審査官」

query_builder 2024/05/11

コラム 

~元特許審査官のつぶやき~

 

エピファニー特許事務所様への寄稿




第10回「ビジネスモデル特許と審査官」

 

近年、いわゆる「ビジネスモデル特許」が復権しているように思います。

そもそもの始まりは20年ほど前になるでしょうか。一般的なお仕事の進め方を権利化する「ビジネスモデル特許」を、猫も杓子もが出願したものの、そのほとんどが拒絶査定になった、というのは特許業界では有名なお話です。

そして、その拒絶査定の理由は「発明に該当しない」すなわち、発明ではない!というものでした。

 

発明とは、「自然法則を利用した技術的思想の創作」と特許法に定義されているのですが、「ビジネスモデル特許」はこれに該当しないという見解です。

もう少し具体的に言うと、ビジネスモデルは、人為的な取決め(例:ゲームのルールそれ自体)や、ビジネスを行う方法それ自体などに該当し、発明とはならないとみなされたということです。

このように判断されると、出願人が一生懸命考えた発明に対し、審査官から「これは発明じゃないよね!」という頭ごなしな拒絶理由が来ることになります。

 

また、2018年には「いきなりステーキ事件」という特許の成立性を争う訴訟がありました。ここで争点となったのも、この、ビジネスモデル特許における「発明該当性」です。

 

当時は、特許庁の審査室でも判決に対して様々な意見がありました。審査のプロである審査官の意見が割れるくらい微妙で、どちらに転がってもおかしくないような判断だったのではないでしょうか?

 

「いきなりステーキ事件」は有名で、様々な先生方が考察を展開されていますので、私は審査官の気持ちでこの事件の経緯を追ってみようと思います。


コラム第10回

まず、もし新規出願として、審査官に「いきなりステーキ」の案件が配布され、その発明の名称に「ステーキの提供方法」と書かれていたら・・・その時点ですでにこれは怪しい、となります。

さらに、請求項1を見ると・・・

【請求項1】

お客様を立食形式のテーブルに案内するステップと、お客様からステーキの量を伺うステップと、伺ったステーキの量を肉のブロックからカットするステップと、カットした肉を焼くステップと、焼いた肉をお客様のテーブルまで運ぶステップとを含むことを特徴とする、ステーキの提供方法

と、記載されており、まさに「人為的取り決め」や、「ビジネスを行う方法それ自体」についての請求項だという心証です。

ここは、迷わず特許法第29条柱書き「発明ではない!」を通知すると思います。

 

当時、実際の審査を行った特許庁の審査官も、拒絶理由で「発明じゃないよねー」と通知していました。

すると、出願人側は拒絶理由に対抗して補正を試みます。

【請求項1】下線を補正

 お客様を立食形式のテーブルに案内するステップと、お客様からステーキの量を伺うステップと、伺ったステーキの量を肉のブロックからカットするステップと、カットした肉を焼くステップと、焼いた肉をお客様のテーブルまで運ぶステップとを含むステーキの提供方法を実施するステーキの提供システムであって、上記お客様を案内したテーブル番号が記載された札と、上記お客様の要望に応じてカットした肉を計量する計量機と、上記お客様の要望に応じてカットした肉を他のお客様のものと区別する印しとを備えることを特徴とする、ステーキの提供システム。

 

 こうなると審査官には迷いが生じます。

「札」、「計量機」、「印し」という「物」が入ったこと、名称が「ステーキの提供システム」という物の発明となったことで、発明に該当するのではないか?と、悩み始めるのではないでしょうか。

重責です。なにしろあの有名な「いきなりステーキ」の提供システムの発明ですから、ニュースになるかもしれませんし、業界に与えるインパクトもかなりのものでしょう。

 

請求項1が広いことも気になります。

私なら恐ろしいので、「札」、「計量機」、「印し」のそれぞれをどのように使用するのか不明確であるとか、「札」、「計量機」、「印し」の互いの関係性が技術的に不明確であるとか、難癖を付けて請求項を小さくしてもらうかもしれません。

 

実際には、当時の担当審査官は特許査定を選択しています。大変勇気ある決断です。

確かにこの内容で権利化すれば、他社に与える影響も大きく、社会的にも特許の意義があると思います。

 

 しかし、これで話は終わりません。「いきなりステーキ」の出願は特許査定となった後、おそらく業界関係者から特許査定に対し「異議申し立て」がなされることになりました。

 「異議申し立て」とは、特許査定を不服として第三者から特許庁に異議が申し立てられることで、特許庁の審判官合議体が特許査定を精査し直す法的プロセスです。ここでの争点も、当該発明は「発明なのか否か?」というものでした。

 担当審査官は、審判官合議体の審決が非常に気になったことと思います。自分だったら夜も眠れません・・・


 発明該当性には様々な判断要素が絡み、出願人側も判断する側も手探りなことがよくわかる事例です。この続きは次回に書きたいと思います。

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