企業の経営者は、技術的な詳細を深く理解しなくても、特許出願を行うかどうかの判断をしなければならない場面があるかと思います。通常この判断は、技術者から提案された発明の価値が経済的にどの程度の利益をもたらすか、またその発明が事業にどう貢献できるかに依存します。
特許出願の判断をする際に重要な要素は、製品やサービスに対してどれだけの投資をしているか、そしてその投資が将来的に利益を生むかどうかです。特許出願にかかる技術が高度であっても、事業に活用されない限り利益を生まないこともありますし、逆に簡単な技術でも特許を取得することで大きな利益を生むことがあります。
そこで、特許出願を判断するための基準として**投資対効果(ROI:Return on Investment)**を使い、経済的な価値を数値的に見積もり、出願すべきか否かの判断をする考え方についてご提案いたします。


特許出願の判断基準としてのROI


特許出願に関するROIの計算には、まず「投資にかかったコスト」と「投資から得られる利益」を比較します。将来の利益を正確に見積もることは難しい場合もありますが、コストについては比較的明確に算出できます。ここでは、特許権取得にかかるコストと研究開発費を基準にROIを算出することを考えてみます。


投資コストの内訳 – 特許権取得コストと研究開発費の対比


新規製品に関する投資コストのうち特許権に掛かるコストは、通常「特許権取得までのコスト」と「研究開発費」があります。「特許権取得までのコスト」は、特許出願をするにあたって書面を作成する、特許庁に支払う費用などを総合したものです。これには、発明が完成に至るまでのコスト(発明者の人件費や、研究に掛かった費用)は含まれません。
一方、「研究開発費」には通常、発明者の人件費や研究に掛かった費用のほかに特許取得までのコストが含まれています。また、これには特許発明に直接関連する費用だけでなく、そのほか研究開発に関連して掛かった試作の費用、設備の費用、外注費用なども入ってきます。とくに、企業の損益計算書の「研究開発費」に計上された費用は、特許発明に関連する費用も入っていますし、特許権取得までのコストも入っていますが、それ以外の費用も含まれている点に注意が必要です。まとめますと、下記になります。


  1. 特許権取得までのコスト特許出願から登録までにかかる直接的な費用は、一般的に70万~100万円程度です。ここでは最大値の100万円を基準として計算します。
  2. 研究開発費企業が新しい製品や技術を開発するために投資する総費用です。上記1の費用も含み、技術開発や製品化のためのコストに加えて、技術者の育成、ノウハウの蓄積、次世代の製品開発に向けた投資なども含まれます。


特許権取得コストを基準にしたROIの計算


まず、特許権取得にかかる直接的なコストを基に目標とするROIとなるにはどのくらいの利益を出す必要があるかを計算してみます。出願~登録までのコストを100万円とし、目標ROIを10%と設定した場合、必要な利益は次のように算出されます:


事業として、この利益を上回れば特許出願は有効と判断できます。ただし、企業が出す利益は、必ずしも特許権により得られた利益だけではなく、特許権以外の技術、営業力、資金力などの要素も考慮する必要があります。よって、上記の計算結果を満足する利益があがったとしても、特許権を得てよかった、という判断はできないと思います。
事業の利益は、企業が行ってきた研究開発などの投資の成果から生まれるものであり、特許権取得はその成果に付加価値を与える手段です。したがって、企業が投資した研究開発費を基にして、どの程度の特許出願をする(特許権を取得する)のが妥当かという判断ができるように検討したいと思います。


研究開発費を含めたROIの考え方


事業全体の利益は、通常の研究開発の結果から得られるものです。ここで特に重要なのは、研究開発費をかけた事業の利益と、研究開発費に加え特許権を取得した場合の利益の差であると思います。特許権は、独占排他権ですから、取得することにより、競争力が高まり、より高い利益が期待できるはずです。
ここで、一例として、年間1億円の研究開発費を投資し、特許権取得も行った結果、ROIが30%になるとします。この場合、利益は次のように計算されます:


この利益は、研究開発費によって特許出願及び特許権の取得を行って、利益が上乗せされて得られたものと考えます。これには、特許が寄与した分(付加価値)も含む事業の利益を示しています。

特許権の寄与度の具体例


特許権を取得して事業を行った場合の目標ROIを30%、その事業の市場における通常予想されるROIを15%とした場合、特許権によって得られる超過利益は以下のように考えることができます。
 超過利益 = 1億円 × (30% ー 15%)
      = 1500万円
この例では、30%という目標ROIは経営者が特許権に期待する収益の高さを表しています。特許権は独占排他権であり、他社の参入を阻止できるため、市場シェアを高く保つことが可能です。これにより、通常の投資に対する平均的なROIである15%よりも高いリターンが見込めます。


つまり、15%から30%の差は、特許権がもたらす競争優位性や市場シェアの維持による追加価値に相当するものと考えることができます。


上記の計算結果では、特許権により少なくとも1500万円の利益が見込めるわけですから、この金額の範囲内での特許出願は妥当であると考えられます。


この金額に基づくと、特許出願を最大15件程度はしても良いことになります。


ただし、技術のうち特許にはできないものもあると思いますので、意匠登録出願なども視野に入れて考えてください。なお、意匠権の取得コストは、意匠の内容にもよりますがおおむね25万円程度になると思います。


単純に考えても、ある程度の投資を行っているわけですから、その成果としてそれなりに新規の技術が生まれている可能性は十分にあると思います。その投資に対して、どの程度の特許出願を行うべきかを具体的に判断しようというのが今回の検討の趣旨になります。


この、ROIの30%、15%という値は、仮定した値です。実際には、業界で特許権を取得せずに事業を行っている企業と特許権を取得して事業を行っている企業との比較を行ったうえで、設定したほうが正確であると思います。


ただ、これから新規の事業を進める、という経営者の方は、その事業の企画内容からある程度利益の期待値を考えておられるのではないかと思います。特許出願をするか否かの判断をするにあたっては、まずは、その期待値の現実的な上限値と下限値からROIを設定して考えればよいと思います。


また、特許権は出願から最大20年間の存続期間があり、技術の陳腐化が進むまでの間、市場での競争優位性を保つことが可能です。技術が時代遅れになるリスクはありますが、特許権が存続する限り、競合他社の模倣を防ぎ、独占的な市場シェアを維持できる余地があります。この点は、特許権により、短期的なROIの観点に加え、中長期的な利益にも寄与することを意味します。
上記の計算結果はある一定期間の投資額に対するROIを示していますが、特許権の持続期間中、企業は技術の競争優位性を長期にわたり活用できるため、単年の収益だけでなく、長期的な利益を見込むことができます。特許権を取得することにより、技術が陳腐化するまでの期間、優位性を保つことが可能となるため、特許出願は企業にとって戦略的に重要です。また、特許権については、ライセンスによる収入もありますので、市場で優位な技術については市場のシェア拡大による利益以外も期待できます。


ビジネスモデル特許

ビジネスモデル特許は、技術的な発明だけでなく、企業が行う営業活動や事業運営から生まれたアイディアや手法も保護することができる特許です(ただし、基本的にはハードウェアも絡めた技術として発明を定義する必要がありますので、検討の必要があります)。従来の技術開発に基づく特許とは異なり、営業プロセスや取引の仕組み、サービス提供方法なども特許の対象になる可能性は十分あります。


事業全体を対象にしたROIの考え方


ビジネスモデル特許の場合、技術開発だけでなく、事業全体への投資を対象にしてROIを計算する、というのも一つの考え方だと思います。つまり、特許を出願する際に、単に研究開発費に限らず、営業活動、マーケティング活動、ITインフラへの投資も含めた成果として特許出願を行うため、それらも含めてROIを評価する必要があります。
例えば、1億円をかけて営業プロセスの改善やマーケティング戦略の革新を行い、これらの成果をビジネスモデル特許として保護した場合、上記の研究開発費の場合について考えたのと同様に利益を計算できます。

事業全体に対する投資のリターンを見積もり、ビジネスモデル特許がもたらす付加価値がどの程度であるかを見積もることで、特許出願の意義が明確になります。特に、競合他社の模倣を防ぎ、企業の競争優位を長期間維持できる点が、ビジネスモデル特許の大きな強みです。ただし、ビジネスモデルについては、広範な範囲での権利化が難しい場合もありますので、ある程度権利範囲が絞られることも予想されます。したがって、特許権を回避される可能性も高いので、特許権の陳腐化のスピードも速いかもしれません。


長期的な競争優位性とROI


ビジネスモデル特許は、上記のような弊害が考えられますが、技術的な特許と同様に、最大20年間の存続期間を持ち、技術やサービスの独自性を保護します。この間、競合他社が同様のビジネス手法を採用することを防ぐことで、企業は市場において長期的な競争優位を確保できます。
このことは、単年度のROIだけでなく、長期的な利益にも大きく寄与します。特許権の存続期間中、企業は市場シェアを維持または拡大し続け、競争優位性を高めることが可能です。ビジネスモデル特許を取得することで、企業の成長に寄与する戦略的な要素として活用できるため、投資に対するリターンもより大きくなると期待されます。

最後に

特許出願を検討する際は、研究開発費ビジネス全体への投資だけでなく、特許権取得による市場での競争優位性や長期的な収益効果を総合的に考慮し、戦略的に判断することが重要です。技術特許に加え、ビジネスモデル特許も重要な選択肢であり、競合他社に対する競争優位を確保するための強力なツールとなります。
ROIを用いた判断基準は、経営者が投資の効果を見積もり、適切な特許戦略を立てるための有効な手段です。特許出願は、企業の成長を支え、長期的な利益を最大化するための重要な要素となります。経営者は、投資に見合った特許出願を行い、企業の持続可能な成長に貢献する知的財産戦略を構築することが求められます。
エピファニー特許事務所では、特許出願や知財戦略のサポートを東京都中央区を拠点に行っています。出張対応やオンラインでのご相談も承っており、全国のお客様に柔軟に対応しています。特許出願や知的財産の活用についてのご相談があれば、どうぞお気軽にお問い合わせください。


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